ちょっと節穴

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カズオ・イシグロ『日の名残り』ネタバレ感想

せっかくなので、感想を書いておきます。


できるだけ核心には触れていないつもりですが、ネタバレはしていますよ!

忘れられた巨人』が出るまで、完成度という点では『日の名残り』が最高だったのではないかと思います。
少し昔が舞台の純文学なので、最初は堅い、とっつきにくい感じを受けますが、読んでみるけ結構笑える部分も準備されていて、とても読みやすい作品になっています。
ちなみに映画とはかなり主軸が違うように感じました(とはいえ、映画を観たのと原作を読んだのとの間に10年くらいの開きがあるので、どうだったか定かではないのですが)。

ダーリントン・ホールというお屋敷に長年執事として仕えたスティーヴンスが、新しい主のファラディ氏(アメリカ人の実業家ですごくいい人)に休暇を与えられたことをきっかけに旅に出るお話です。旅に、というか正確には昔惚れていた、でもとうとう想いを伝えることはなかった女性に会いに行くのですが。
ティーヴンスの一人称で語られる物語で、「現在」と「回想」を行ったり来たります。で、全てにおいてスティーヴンスの「主観」で語られるため、実際の所どうだったのか、はスティーヴンスの認識とはズレていたりします。
ティーヴンスの視点で物語を描きながら、その「ズレ」をしっかりとこちらに伝えてくるあたりが、カズオ・イシグロの天才的なところだと思います。しかも説明的な箇所も一切ない。ひたすらスティーヴンス視点の描写だけで描き切っています。

私は自分の行動を選択する際、「やった上で失敗した場合の後悔と、やらなかった場合の後悔、どちらの方がより耐えられないか」を基準にどうするか決めます。そして大抵「やらなかった後悔」の方がより耐えられないとの理由で、当たって砕けています。
だって、「行動しなかったこと」を一生悔やむなんて、一生「あのとき行動していれば」と思い続けるなんて耐えられないのです。

でもそれはあくまでも「私がそう」であるだけで、ほかの人がそうあるべきだとは思いませんし、いろんな考え方、生き方があってしかるべきだと思います。

で、この物語の主人公、スティーブンスはまさに「やらなかった方の人」で、「やらないほう」を選択し続けてきたことによりちょっとした(でも結構絶望的な)問題に直面します。

でも、生きてる限り「やって失敗する方」を選ぶことは可能なわけで、このお話の中でスティーヴンスが旅に出たことはまさに「やってみた」ことなわけです。
結果はまぁ自分の人生に関するある問題に気づいてしまった、というオチなのですが、でもその問題は今からでも十分解消できるものなのです。

気づかなかった方が幸せだったかもしれない。でも気づけたら、そして問題を解消すべく努力したら、知らないままで得られたものとは違う幸せを手に入れることができるかもしれない。いままでのスティーヴンスなら知ってしまったままで何もしないかもしれない。静かに絶望を受け入れるだけかも。でも、彼女に会いに行くという一歩を踏み出した今なら、たぶん動き出せるはず。

というわけで、かなり切なく、悲しい終わり方なんですが、希望が全くないわけでもないお話でした。